挑戦の道のりは誰もが傷だらけなんだ……諦めそうになったあの日を告白します……

努力しているはずなのに

なぜか物事が思い通りに

進まない時期が続くこと

あります。

 

そんなとき人は

夢そのものを

疑い始めてしまう……

 

武道館を目指す今だからこそ語れる

挑戦者の内側を

明かします!!

 

<目次>

1.言葉で説得はできないから体現する

2.鴨頭嘉人の歌手デビューの裏側

3.なりたい自分を言葉にして伝え続ける

 

 

本題に入る前に、お知らせです(≧∇≦)♪

 


 

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▼言葉で説得はできないから体現する

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先日、YouTube講演家・鴨頭嘉人が

いかにして

講演家デビューしたか

ということをお話しさせていただいたのですが

8.jpg

その流れではないのですけど……

 

あらためて

Challenge Like A Baby

(チャレンジライカーベイビー)

あの頃諦めた夢、今から叶えろ!

ということで、 武道館ライブに向けて
私が取り組んでいることをお話しします。

20251223-Voicy.png

 

このChallenge Like A Baby

いうほど楽では

ないですよね……

という内容です。

 

愚痴ではないですよ。
全然、愚痴ではないのですけど

多分、挑戦している人みんな

「なんでこんなにしんどいんだろう」とか

「なんでこんな目に
 合わなきゃいけないんだろう」とか。

 

挑戦している人って

想定外の出来事に

いっぱい出会う

と思うのです。

 

そんな人に、鴨さんも
こんな色んな苦労を乗り越えて
挑戦しているということが伝わると

私も頑張ろうという
気持ちになるのではないかと思い
話すことを決めました。

 

苦労話ばかり集めるわけではなくて
リアルな武道館に向けて
どんなふうに進んできたかということを

現在地としてご報告しようと思います。

 

そもそも、この

武道館のチャレンジ

というのは、もともと
Challenge Like A Babyという
言葉が生まれたところから
スタートしています。

 

今から5年前ですかね
コロナ禍の頃だったと思います。

 

やはり誹謗中傷とか

頑張っている人を
叩きまくっているとか

この世の中の風潮に対して

ふざけんなよ!!

と僕はずっと思っていました。

20251210-Voicy.png

 

そのときに生まれた言葉が

Challenge Like A Baby

 

赤ちゃんのように挑戦しよう。

 

あの頃諦めた夢、今から叶えよう。

 

自分の夢に向かって挑戦している人や
誰かの夢を応援している人は
他人の不倫だとか

政治家の根も葉もないような噂話とか

最近だと令和の虎を抜けましたとか。

 

どうでもよくないですか!?

 

僕らの、自分の人生に
関係ないじゃないですか!?

 

自分の家族のこととか
自分の会社のメンバーのこととか
いろいろと心を配ったりとか
情報収集するのは分かりますよ。

 

それは、自分に関係しているから。

 

関係ない人の人生に命の時間を使う

というのは、もう

完全に無駄でしかないな

と僕は思っていて、 だから

自分の夢をもとう。

誰かの夢を応援しよう。

 

それが自分の人生を自分で
ハンドルを握っていることではないか!!

ということを伝えたくて

Challenge Like A Baby

 

この言葉を
伝えるようになってきました。

Challenge Like A Baby-4.png

 

その時、僕は講演家をしているので
よく分かるのですが

人は言葉ではなかなか

説得できないのです。

 

誰が言うかが
大事で、その誰かということは
一番その言葉を

体現している状態

でいること。

 

それが言葉の重みとか
パワーだと思っています。

 

だから僕は決めました。

 

誰よりもChallenge Like A Babyを
体現している鴨頭嘉人でいようと考えて

あの頃諦めた夢を今から叶えろ!!

と言えば伝わる。

 

自分自身が19歳の時に
ロックバンドで
歌手デビューしようと思って

愛媛県で一生懸命
バンド活動していたけれども

自分自身の歌が下手だ
才能がないということに気づいた。

 

周りに言われたのではなく
自分で自分の夢を諦めた

19歳の過去がある。

 

よし、その一番自分で
無理だと思ったことを

57歳で取り組もう!!

そう思って
歌手デビューすると決めました。

 

その時に

ダイヤモンド☆ユカイさん

に連絡を取って
YAKINIKUMAFIA IKEBUKUROで
YouTube対談をお願いしました。

ダウンロード (36).jpeg

 

ユカイさんは
僕の憧れのロックスターですよ。

 

19歳の時に最後に
コピーをしていたバンドが

RED WARRIORSで、その
フロントマンが
ダイヤモンド☆ユカイさんだったのです。

 

そのユカイさんに

「僕はこれから歌手デビュー
 目指そうと思っているんです」

と言ったら、ユカイさんのほうから

「俺、鴨さんに曲作るよ」

と言っていただいて。

 

こんな嬉しいことないわけがないですよ♪

 

皆さん想像して!!
自分の大好きな
アーティストさんがいるとしますよ。

 

矢沢永吉さんかもしれないし

ONE OK ROCKの
Takaさんかもしれないし

Mrs. GREEN APPLEの
大森さんかもしれませんよ。

 

その人に曲を書いてあげるよ

と言われたのです。

 

もう、こんな

奇跡起きるんだ!!

5.jpg


と思って
「よろしくお願いします!」と

図々しい鴨頭はお願いして、その後
サンミュージックさんという
事務所と契約を交わしました。


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▼鴨頭嘉人の歌手デビューの裏側

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そこからボイトレをスタートし
ユカイさんに僕のキーに合った
作曲をしていただいて、その曲を

何度も何度も何度も練習しました。

 

そして、デビュー前に
ユカイさんのディナーショーで

『ゴキゲンソング』を

一曲だけ歌った
ということもありました。

ゴキゲンソング.jpg

 

この時、裏では地獄の楽屋事件とか
ファンがファンに激責めされる事件とか

色々事件もありました。

 

あまり細かいことを言うと
ユカイさんにも迷惑がかかるのですが

正直に言うと僕が

楽屋で居場所が

なかったのです。

 

ダイヤモンド☆ユカイバンドの
メンバーと僕が同じ楽屋だったのですけど
全く口を聞いてもらえなかったのです。

 

話しかけても無視されるくらいで
もう3時間くらいですよね。

 

だからディナーショーが
始まる前の3時間、僕は誰とも
口を聞いてもらえない中で待ちました。

 

これは勝手な思い込みかもしれないけど
音楽のことをずっとしている
人たちからしたら

音楽を舐めている
ビジネスインフルエンサー
みたいなヤツがいる

みたいな雰囲気の中でです。

 

これは言われていないですからね……

 

その雰囲気の中で3時間過ごして

めちゃくちゃつらかった
ということが地獄の楽屋事件

僕の中での事件です。

 

あとは、うちのファンが
ユカイさんのファンから
ボロカスに言われる

という事件がありました。

 

他には浦和のライブハウスで2曲

ダイヤモンド☆ユカイバンドさんで
歌わせてもらったのですけど

実は僕この時点では
ダイヤモンド☆ユカイバンドと
一緒に僕がデビュー。

 

そして、それを
ダイヤモンド☆ユカイさんが
プロデュースしている

という企画だったのです。

 

レコーディングを進めていく中で

まず『ステージ』という曲
これはバラード曲を
レコーディングしました。

 

『THE ROAD』という曲を
レコーディングしました。

 

そして『ゴキゲンソング』も
レコーディングしました。

 

そして4曲目かな
『挑戦者の詩』という
レコーディングをしている時に

ついに僕がもう無理だとなったのです。

 

もう歌えないって。

_MG_8749-1999_05.jpg

 

ダイヤモンド☆ユカイバンドでは
歌えないし、レコーディングの
プロデューサーにもボロカスに言われて

もうメンタルボロボロになって
もう歌えないって。

 

だから歌に対して2度目の
挫折をしそうになって

もう僕は歌えないと
思わず言ってしまったのです。

 

その後、サンミュージックさんの
マネージャーさんと

ダイヤモンド☆ユカイさんと

僕との間で場を設けました。

 

本当に大人と大人として
そしてビジネスマン同士として
しっかりとしたミーティングで

本音を僕が語って

プロデュースは
辞めていただきたいと伝えました。

 

鴨頭嘉人のプロデュースは
鴨頭嘉人がやります!ということで

楽曲提供ということは
元々お願いしてしていただいたので
それだけにしていただきました。

 

あとは僕のセルフプロデュース

うちは出版社ももっているので
楽曲の版権管理もできるのです。

 

そこで

ゼロからやり直します

と言って、バンドメンバーも
レコーディングも全部捨てて

そこからレコーディングを
全曲やり直しました。

 

そしてバンドメンバーを
ゼロから探し始め

そこから僕のボイストレーナーの
KOZYがベースのヨッシーと
ギターのヒロを紹介してくれました。

 

あとはNFTでつながっていた
村上良之(むらかみ よしゆき)さんに

ドラマーとして参加してもらい
キーボードはヨッシーの紹介で

初期メンバーの

KAMOバンド

が結成されました。

KAMOBANDロゴ.jpg

 

そして、ミュージックビデオの撮影日も
全部決まっていたのですが

楽曲がないと、レコーディングが
終わらないとミュージックビデオは
撮れないので、全部やり直したのです。

 

4ヶ月すべてが遅れたのです。

 

つまりレコーディングが
4ヶ月やり直して遅れて

ミュージックビデオの撮影スケジュールが
4ヶ月押して

バンドメンバー1回解散しているので……

 

ライブも4ヶ月前に
メンバーを探し始めて

実質3ヶ月で

豊洲PITの

デビューの日を迎えます。

豊洲PIT.jpg

2023年12月21日。

 

豊洲PITのデビューというのは実は

裏では

ボロボロだったのです。

 

そして今回のこの
投稿の中では語れませんが

このタイミングで

3億4千万円の詐欺事件

発覚し、毎月うちの会社
東京カモガシラランドは
支払いができないかもしれない。

 

社員の給料が払えないかもしれない

という恐怖を2年間味わいながら

豊洲PITデビューし、そこから

2年後、武道館の

ステージに立つ!!

と宣言しました。

武道館ライブ正方形.jpg

 

あの豊洲PITから、ちょうど2年と5ヶ月後の

今年の

2026年5月19日

武道館のステージに

立ちます。


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▼なりたい自分を言葉にして伝え続ける

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今回、言いたいことは1つです。

 

挑戦しているあなたに言いたい。

 

鴨頭嘉人も一緒です。

_MG_8796-2046_02.jpg

 

いろんなことがあって、頑張っているので
これからも一緒に頑張っていこう!!


今回は、やはり

未来の自分を作るのは

自分の言葉が最初。

 

そして、その言葉が自分の脳内に
もう揺るがないものとして
柱としてビシッとなると

それが周りに伝わって

「彼ならきっとやるだろう」

「彼女ならやり遂げるだろう」

 

そうなって

協力者が現れていく

ということを伝えたくて
お話しさせていただきました。

ML_アー写2025.jpg

 

この最初の、自分の脳内に
打ち込んだ言葉がいかに未来を変えていくか

ということを全部喋れるのですけど。

 

今回の投稿でお伝えできる
範囲でお伝えさせていただきました。

 

投稿を読み続けている人は
感性が高いから、今回の内容で

自分の人生の中で

「よし、言葉にしてみよう」

「続けてみよう」

「重ねていこう」

と取り組み続けてくれると信じております。

3.jpg

 

ぜひ、なりたい自分を
どんどん言葉にして伝え続けて。

まずは自分自身が

「そうなるんだ!」と

確信がもてる量を

自分の中に貯めてほしい

そう思います。

 

 

それでは今日という最高の1日に……

せーのっ!

いいねー♪(^o^)/

 

 

 

P.S.

今週の鴨頭嘉人のプレミアムVoicyは……

 

「俺は鬼舞辻無惨だ!!

 お前たち

 社員は鬼になれ!!」

 

という社員ミーティングの
内容をお伝えします♪

 

僕の自己分析は……

 

『自分の理想しか

 見ていない

 鬼舞辻無惨型リーダー』

 

それが鴨頭嘉人です。

 

 

Webから申し込むと……

たったの1500円!しかも初月無料です!!
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Voicy_salonButton2.jpg

東京カモガシラランドの生々しい
社員ミーティングを毎週お届けいたします!

 

 

 

 

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました!