この、「人生で大切なことはみんなマクドナルドで教わった」は、著者である鴨頭嘉人氏が、愛媛県今治市から大学進学のために上京した19歳の時から、その後、様々な店舗で試行錯誤の末、お客様満足度全国1位、従業員満足度全国1位、セールス伸び率全国1位の三冠を獲得し、最優秀店長に選ばれた氏の実体験に基づく真実の記録である。
マクドナルドに限らず、多くのサービス業のスタッフがそうであるように、大学の最初の友人に「バイトするならマックだよ!一緒に面接に行こうぜ」という契機で鴨頭氏はマクドナルドと関わる訳であるが、本書に紹介されている様々なエピソードは、単に氏の実体験の記録としてではなく、今や日本を代表する巨大企業に成長したマクドナルドの成長の軌跡であり、多くのサービス業に共通する日常そのものでもある。
バブル崩壊後、既に20年以上の歳月が流れたが、その過程で厳しい国際競争に晒された日本企業では、業種、業界を超え、経営の合理化の名のもとに非正規労働者の割合が増加したが、特にサービス業はその典型であり、一般的にそのスタッフは自ら希望して従事しているというより、最初は身近なバイト先であり、そこで働くスタッフも普通の主婦やアルバイトである。
その意味で、この本の舞台が優秀な高度人材が正社員として集う一流企業を舞台として書かれたものではなく、気軽なバイト先である身近な店舗という現場を舞台にして書かれていることも実に多くのサービス事業者にとって興味深い。
本書では様々な失敗や成功のエピソードが紹介されているが、鴨頭氏はその中で店長の重要性を何度となく力説しているが、店長次第で売り上げは上がりもすれば下がりもするというのは、多くの人が共感する部分であろう。
しかしながら、多くの店長がそうであるように、鴨頭氏も最初は意気込みが空回りして結果を出すことが出来ず苦悩の日々を過ごす訳であるが、「信じられるかどうかではなく、信じるときめてしまう」ことによって驚異的な結果を出す店長へ成長していく姿は、まさに氏の覚醒の瞬間であり、読者に深い共感と感動を与えるに十分である。
この本は、経営者層から、店長、リーダー、アルバイトスタッフに至るまで、その立場、経験に違いにより、様々な解釈が存在し、それぞれの実体験と共鳴しながら臨場感を持って読者の心に様々な音色となって響くであろう。
バブル崩壊後の20年、日本はその成長の国家像を描けず社会には閉塞感が漂っているが、この本は、単に店長の重要性を説いたビジネス書に止まらない。この本は読み手によっては遥かに壮大で、私は21世紀日本の成長のヒントをメタファーとしてこの本に感じずにはいられない。
確かに日本は技術大国である。しかしながら、その一方で日本は世界的にも珍しい高コンテクスト文化を有する国でもある。われわれ日本人は、相手や他人の気持ちを察することを当たり前として認識しているが、こうした高度に発達したホスピタリティーマインドを国家単位で有する国など日本以外に存在しない。そして、このホスピタリティーの国民的高さこそ、21世紀の日本を成長経済へと回帰させる国家的資質に他ならない。
かって聖徳太子は「和をもって尊しとなす」に、日本の国家像を描いたが、21世紀の日本は、「おもてなしの心をもって国をなす」ことこそ、日本国家100年の体系であろう。サービス立国、観光立国の掛け声は、既に始まっているが、ややもすれば、今までの活動は魂のない仏像のような状況であった。しかしながら、氏の登場で、その活動のクラッチが入り、日本社会全体がサービス立国実現へ動き出す予感を私は確かに感じている。
もちろん、そうしたサービス産業の主役は、様々なサービス事業者であり、店舗で働くスタッフであることは言うまでもない。もちろん既にプロフェッショナルとして誇りと充実感をもって働いている人も大勢いる一方で、以前の鴨頭氏のように軽い気持ちで働いているスタッフも大勢に違いない。私は、そうした多くのフリーターやアルバイトの人にこそ、この本を手に取り読んでもらいたい。そして、ぜひサービス業に携わっていることへの誇りを是非、感じて頂きたい。
この本は、バブル崩壊後、雇用の多様化と終身雇用が崩壊した現在日本社会において、サービス業を中心としたフリーターやアルバイトの雇用の現場が、単なる報酬の機会ではなく、社会教育の場に十分なりうることを教えてくれる。それだけではなく、そうしたサービス産業に従事している様々な人たちが、この社会に必要不可欠な存在であり、誰もが輝くことができる存在であるということを、氏の圧倒的な愛情が読者を抱擁し語りかけてくる。
まさに、この本は今の日本社会が必要としていた本であり、自らをサービスハピネスクリエーターと称する鴨頭氏は、サービス立国へと脱皮する時代が求めていたトップモチベータであり牽引者になるであろう。
厳格な警察官僚であった父や甲子園常連校で主軸バッターを努め、甲子園ベスト8の原動力であった偉大な兄と絶えず比較され、大学を辞めてマクドナルドで働き始めた氏は、ある意味、アウトローの代名詞かもしれない。そんな氏が渾身の思いで書いたこの本は、温かい愛情に包まれ、まさに迷える多くの人のバイブルになるに違いない。
最後になるが、氏の資質を見抜き、世に送り出した新潮社の編集者の眼力に敬意を表したい。