補欠のキャプテン時代に学んだ最高なこと

今回は、僕の昔話をしたいと思います。
僕は最終学歴が高卒なんですよっ。大学も専門学校も行ってなくて。行ってた学校は、愛媛県立今治西高校というところです。この学校は野球で有名で甲子園の常連校なんですね。僕は、そこの野球部でキャプテンをやってました。かっこいいでしょ?(笑)

どこのポジションだと思いますか?



答えは、ベンチでした。
僕は補欠のキャプテンだったんです。キャプテンというと聞こえは言いのですが、僕にとって補欠のキャプテンをやるということはとっても辛いことでもありました。僕には甲子園でベスト4までいった3つ年上の兄がいます。投げて良し、打って良し。まさにスター選手です。今は、練馬区大泉学園でアベレージ363っていうスポーツバーをやってます。高校時代の通算打率をそのまま店名にしちゃうくらい野球大好きなんですねっ。

僕はその兄が卒業した年に入学しました。
苗字、鴨頭。
当然、バレます。「あの鴨頭の弟が入学したってことはいよいよ甲子園で優勝だ!」みたいに地元は湧くんですよ。愛媛県はスポーツで言えば野球一色です。サッカー部とか野球部が外野ノックー!!って聞こえたらグラウンド空けて筋トレし始めるくらい。そんな中で野球をやってると、練習を地元のおじさんたちが観にくる。練習ですよ。まるでプロみたいですよねっ。「あいつは腰のキレが悪いとか」解説する人がめちゃめちゃいるんです。部活の帰りに炭酸とか飲んじゃいけないから、コーラとか飲んでたら次の日監督が知ってるので、誰に見られてるか分からない。それくらい注目されるのはありがたいことなのかもしれませんが、当時どう思ってたかというと辛くてしょうがなかった。。

しかも、期待されて入学してフタを開けたら補欠レベル。もうめちゃめちゃ言われました。聞こえるような声で、「あいつは鴨頭(兄)のでがらしだ」って。うまいこといいますよねっ(笑)で、野球やりながらずっとどう思ってたかというと、本当に野球が嫌いでした。正直言うと「なんでオレ野球部入ったんだろう・・」ってずっと思ってました。しかも僕は身体が弱かったから、脱水症状で倒れてたんですね。毎日病院にいってブドウ糖打ってもらったりながら練習するくらいそれくらい辛かったです。

そして、一番最後の夏の大会のとき、県大会で負けて部活が終わってしまったとき確かに溢れてんばかりの涙が出たけど、正直ほっとしてた自分がいたんですね。やっと開放される。これでもう辛い練習場に言われなくていいんだ。みんなに聞こえるように陰口を言われなくていいんだっていうのが僕の青春の終わりでした。

で、完全に野球嫌いの自分ができて、それ以来1球もボールを握ったことがありません。プロ野球さえみないです。そんな状態でした。自分の過去の体験は辛いことしかなかった。最悪だった。もし生まれ変わったら帰宅部で彼女と一緒に自転車で帰りたい。そんな風な思い出でした。でも、この最悪な体験だなぁって思ってたことがのちのち解釈が変わる体験があったんです。

社会人になるとどこの会社でも最初はプレーヤーをやりますよね。僕の場合は、マクドナルドなのでお店で作ったり、売ったりしていました。それから5,6年経ってマネジャーっていうメンバーを動かして売上を作るっていう仕事を任されて、それをやり始めたときに「これ前にやらしてもらってた!!」っていう気づきが起きちゃったんです。

高校時代、僕は補欠だけどキャプテンでした。

じゃぁ、試合のとき何してるかっていうとベンチに座ってます。でも、その試合に勝つっていう責任は自分の方にあるのがキャプテンです。でも、僕はボールを投げることもなく打つこともなく守ることもできない。でも、グランド出てる9人のパフォーマンスを引き出して、チームを勝利に導くっていう責任がある。
どんなときに役目があるかっていうと、スリーアウトチェンジ、6回の裏の場面で4対1で負けてるとします。みんなにベンチの前で円陣を組んでもらって激励の言葉、エネルギーを全身で伝えるのが僕の仕事でした。そのときに・・・

『こんなゲームで恥ずかしくないのか。
こんなゲームやるために今まであの
辛い練習やるために耐えてきたのか?
違うだろう?

1球1球ムダにしないように自分たちの野球やろう。
この試合は、一生あるうち2回はないんだ。
今、この瞬間に全力のプレイしなくて、
自分たちの野球やらなくていつやるんだ!!

必ずひっくり返そう。
オレたちにはできる!!

そのために今までやってきたんだろう!!
絶対ひっくり返すぞー!!!』

みたいなことをやってました。僕にできるのそれしかないんですあとは、ベンチ座ってるだけ。そしてその試合をひっくり返すっていう体験を何度もやらしてもらっていたんですが、社会人になってから気づいちゃったときに感謝に変わったんです。

何が?

過去のあの最悪だと思ってた年月、全部180度変わました。

感謝。

なんてありがたい体験だったんだ。よく色んなセミナーとか成功法則の本とかにはこう書いてあります。『過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられないだからこそ、未来と自分っていう変えられるものにフォーカスしよう』確かにそう思います。でも、今はちょっと違います。確かに過去に起こった事実は変えられません。今、甲子園に出ることはできない。レギュラーにはなれない。でも、解釈は変えられます。

過去の出来事は未来に解釈が変わったときに出来事が変わるって思ったんです。
僕の最悪の部活生活は、社会人になって最高の過去に変わりました。

つまり、
人生は何が起きたかじゃなくて
解釈で決まるんです!

肯定的解釈力をつければ
その人はその瞬間から成功者であり幸せなんだ。

そう想うと、肯定的解釈力を身に付ければ変えられるものが3つになる。

未来と自分と、過去。

つまり世の中で変えられないものはたった1個しかない。

他人だけ。

他人を変えようってことさえ手放せば、誰でも幸せになることができるのに気がつかされたのは、あのつらいなぁいやだなぁ野球部に入らなければよかったなぁって思った最悪の経験からでした。きっと誰もがそういうのあるんじゃないかなと思います。昔、最悪だと思っていた経験を今思い返してみてください。何かしら感謝できること、学べること、気づけることがあるはず。もしよかったら教えてくださいね。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございましたっ!!

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■鴨頭嘉人(かもがしらよしひと) 日本マクドナルド(株)でアルバイト4年、社員21年、 25年間サービス業の現場で 数々の業績と感動体験を積み上げる。 お客様満足度日本一、従業員満足度日本一、 セールス伸び率日本一を獲得し最優秀店長で表彰される。 その後も最優秀コンサルタント。米国プレジデントアワード。 米国サークルオブエクセレンスと国内のみならずワールドワイドの表彰も 全て受賞する功績を残す。 2010年9月23日に現在のハッピーマイレージカンパニーを創立。 現在は世の中のサービスパーソンを元気にする活動"Happy Mileage"を推進する傍らで、講演家で全国での講演活動を精力的に行なっている。マクドナルドでの実体験に基づく著書『人生で大切なことはみんなマクドナルドで教わ­­った』を出版し発売初日にAmazonビシネス書ランキング1位を獲得。初版1万部だったが、発売2日目には増版が決定。現在も好評発売中。   ★ホームページ : http://kamogashira.com   ★Facebook(個人): https://www.facebook.com/yoshihito.kamogashira   ★Facebookページ : https://www.facebook.com/kamohappy   ★ブログ : http://kamogashira.com/?cat=3   ★鴨め〜る : https://www.agentmail.jp/form/pg/414/1/   ★話し方の学校 : http://www.hanashikata-school.com/鴨頭嘉人 著書:人生で大切なことはみんなマクドナルドで教わった  ⇒http://kamogashira.com/amazon/ Amazonランキング総合書籍2位獲得 Amazonランキングビジネス書1位獲得 内容:涙と感動にあふれたお店こそ、ボクの本当の学校だった――マクドナルドのアルバイト経験者は、これまで実に260万人。ごく普通の高校生でも「輝く人材」に大変身さ­­せる「マクドナルド流人材育成術」には、人を「やる気」にさせるための工夫が満載だった。お客様満足度日本一、従業員満足度日本一、売上げ伸び率日本一の「三冠」を達成­し­た「最優秀店長」がその秘密を大公開!炎の講演家!鴨頭嘉人▼▼鴨頭嘉人 セミナー・講演・研修スケジュールはコチラ▼▼ http://kamogashira.com/?page_id=3021▼▼企業研修・セミナー・講演ご依頼受付中!▼▼ https://www.agentmail.jp/form/pg/469/1/